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たいせつなもの 4





……信じらんねえ。


こいつが俺との《今度》を約束するなんて。


やばい。


にやける。


「坊ちゃん。」

「あ? 何だよ。」

「そろそろつくしを帰しませんと……」

「あ、あぁ、そうだな。」


チッ、もうこんな時間か。

見上げると、時計は午後11時を指していた。


「じゃあ、ご馳走様でした。」

「おう。またな。」



携帯の番号も聞けたし、次の約束もした。

牧野に またな と言えるこの距離が、なにより嬉しい。

牧野を玄関先まで見送ると、何時になく優しい牧野に手を振った。

本当は家まで送りたかったけど、今日再会したばっかで、あんまり欲張るのも警戒されかねない。

この2つのミッションが成功しただけでも及第点だろ。

そう思い邸の中に戻ると、部屋の前には待ち構えていたかのようなタマが居た。

「つくしは帰りましたか?」

「ああ、車で送らせた。」

「……そうですか。」

「?」

一瞬、タマの表情が曇る。

牧野が帰ってしまい、タマも寂しいのだろうか。

「心配しなくても、牧野はまた連れてくっからよ。」

そう言うと、タマは複雑そうに微笑んだ。

「司っ!! 今なんてっ!?」

「ね、姉ちゃん!!」

しんみりした空気を変える様に、姉貴がリビングへと入って来た。

何処から聞きつけたのか、今まで牧野が居た事を説明すると、

「やだ つくしちゃん来てたの~!? バカッ、なんで言ってくれないのよ! 呑気にエステなんかしちゃったわ!」

「わ、悪い。」

自分の事で精一杯で、姉の事など頭からスッカリ消えていた。

この姉は、自分の次に牧野を好きなんじゃないかと思う位の熱狂ぶりで。

司は思う。

姉貴で良かった、と。

もし仮に兄貴なら、とても面倒臭い事になっていた。

「まっ、またそのうちココに連れてくっからよ。 しばらく日本にいんだろ?」

「今は旦那がこっちで仕事してるからね。……って、司アンタ。」

「ん?」

「随分な自信ね?」

「……まぁな。」

「なによ、そのニヤけた面は。」

気色悪い。とでも言いたげな椿だったが、上機嫌な司には通じない。

「まっ、家宝は寝て待てってヤツだ♪」

「…………それを言うなら《果報》よ。」



牧野に また会える。

それだけで、生きる希望になった。



******



「んんんん~~っ! よっく寝たー!」


カーテンを開けると、昨日の土砂降りがウソの様に、澄み切った青空が現れた。

とても気持ちがいい。

気分が良くなったつくしは 鼻唄を歌いながら、コーヒーを淹れる。

「ふんふんふ~ん♪」

今日は、良い一日になりますように。

そう願って家を出た。

「おはようございまーっす。」

「あ、つくしさん!」

出勤早々、杏奈ちゃんのお出迎え。



ーーーー また、コピー機でも詰まらせたか?

息を切らしながら走ってきた杏奈ちゃん(別名マシーンクラッシャー)に、思わず構えてしまう。

なぜか興奮気味の彼女は、ぜえぜえ と、呼吸を落ち着かせる前に言葉を発した。

「あのっ、つくしさんに!凄いお客さんが、ついたみたいでっ!」

「………………… は?」








「お、来たか。」

「おはようございます、健太さん。」

杏奈ちゃんに

『と、とりあえず おにっ、部長の所に!!』

と言われたので、仲村 健太部長の所までやって来た。

部長と言っても 歳はあたしの3つ上で、ちなみに杏奈ちゃんのお兄さん。

役員はほとんど《仲村さん》なので、下の名前で呼ぶルールなのだ。


「朝から悪いな。」

「いえいえ。で、どうしたんですか?」

「……実はな。」

「……!?」

部長が深刻そうな顔をするので、思わず息をのんだ。

「大手との契約が取れそうなんだ。」

「えっ! すごいじゃないですか!!」

「ただな、あちらさんからの御要望がちょっとな……」

「?」

「お前、先月俺と白石に行った時、おばあさんに会ったの覚えてるか?」

「……あ~。あの、着物の?」

数秒間 頭を駆け巡らせて出て来たのは、先月、あたしと部長が白石に行った時に出会ったおばあさん。

大きな荷物を抱えていて、あたしと部長で半分ずつ持って、タクシーまで付き添ったのは記憶に新しい。

「そう。あれな、実は白石会の会長夫人だったみたいで。」

「……へぇ。」

「それで、先方が牧野を気に入ったみたいでな。お前に担当して欲しいんだと。もちろん、仕事上のみの付き合いだ。」

「上手く行けば、皆も行きたがってた社員旅行にも連れていってやれるぞ。」

「……やります!!」

「そうか! じゃあ早速だけど、白石会長が今日しか空いてないらしくてな、帰りに挨拶しに行くんだが一緒に行けるか?」

「はい!」

目の前にエサをぶら下げられたあたしは、二つ返事で答えた。

その日の仕事も滞りなく終わって、部長と会社を出ようとした所に、着信音が鳴り響く。

「ちょっと、すいません。」

部長の元を離れて 確認すると、相手は、昨日会ったばかりの人物。

「…………。」

一向に止む気配のない着信音。

無視するのも、おかしいよね?


「も、もしもしっ?」

「…………。」

我ながら上擦った声になっていて焦ったけど、道明寺の声が聞こえてこないので、ただならぬ事態を感じた。

「どうしたの?」

「今から、こっち来れねえ?」

「今から? こっちってあんたの家?」

「ああ。」

「何かあったの?」

「…………タマが倒れた。」

「医者が言うには大した事ねーみたいだけど、タマがお前に会いたがってて。もう年だし、いつそうなってもおかしくないからって。」

「…………。」

電話越しに、どこか傷ついたような暗い声。

両親を亡くして、身内同然のタマさんまで倒れたなんて。

しかも道明寺は、あの広い邸にたった一人。

そう考えたら、いても立っても居られなくて。







気付いた時には、足が動きだしてた。





「おっ、来たか。」

「すいません!今日は、このまま帰らせて下さい!!」

「えっ!?でも今から先方との挨拶があるって……」

「無理言ってほんっとうにすみません! あの話しは、無かった事にして下さい。」

「なっ、おいっ、牧野!?」

「本当にすみません!」



会社を飛び出し、間も無くして降って来た雨が、あたしを焦らせる。


ーーーー 早く。


早く、道明寺の所に行かないと。


今 あたしの頭に浮かぶのは、あの雨の日に置いて来た姿。


『おい! 牧野!?』


傘も差さないで、びしょ濡れになってあたしを捜していた道明寺。


『居るんだろ!? なぁ、おいって!』

『出て来いよ牧野ッ!!』


あたしは出て行く事が出来ずに、遠くからその背中だけ見ていた。

あたしが過去に置いて来た過去の道明寺が、未だにあたしを捜している。


『なんで……、なんでこうなっちまうんだよっ!』


大きな背中が、悲しいくらいに凍えていた。

罪の意識が 余計にあたしを焦らせる。


『ちくしょう……』


ごめんね、道明寺。


『ごめんなさい、牧野さん……』


涙ながらに、あたしに訴えたお母さん。


謝らなきゃいけないのは、あたしの方です。


ごめんなさい、道明寺のお母さん。


約束、守れそうにありません。


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