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たいせつなもの 5

ある日突然、牧野が消えていた。

その前日は 初めて牧野からキスされて、間違いなく人生で一番最高の日だったんだ。

だけど翌日、いつまで経っても姿を現さない牧野の部屋に行くと 僅かな服や荷物が跡形もなく消え失せていた。


次の瞬間には、絶望とか落胆の前に、激しい怒りが込み上げた。


誰が、なんて聞くまでもなかった。


『おい、ババアッ! 一体 牧野に何を言ったんだよっ!?』

『……なんですか、騒々しい。』

激昂する俺に、至って冷静な態度がまた気に触った。

『牧野が消えたんだよ! 俺に何も言わずに!! てめーが牧野になんか言ったんだろ!?』

『それは、彼女自身が決めた事よ。』

『んなわけねえだろっ! 牧野を何処にやったんだ!?』

『彼女に何も教えて貰えなかったのなら、所詮それまでの関係と言う事でしょう?』

『いい加減に、自分の立場を自覚なさい。』


感情の籠っていない、冷たい瞳。


ガキだった俺は、なす術もなく問答無用で道明寺という圧力に押しつぶされた。

その後、すげえ荒れた。

正直、自分を頼ってくれなかった牧野の事も恨んだ。

暴れて、破壊して、このまま死ねたらどんなに楽かと何度も思った。

体力がなくなるまで暴れて、起きたらまた暴れてを繰り返し、もう破壊するものもなくなった頃、牧野が唯一置いていったビロードの箱が目に入った。

『…………。』

俺が、牧野に贈った唯一のプレゼント。

一つだけ、わざわざ置いて行かれたこいつは、俺そのものみてぇで惨めったらしい。

牧野の為に、牧野をイメージした、世界でただ一つのネックレス。

『…………あれ?』

手に持ってみると、妙に軽い。

もともとそんなに重いものでもないが、これは……

『なんで、中身だけ……?』

中を見てみると、やっぱり空だ。

牧野はどういうつもりでコレだけ俺に寄越したんだ?

それとも 特に深い意味はなくて、忘れて行っただけなのか?

『………………クッ。』

可笑しくなって、思わず笑いが漏れた。

ーーーー んっとに、最後までわけわかんねえ女。

外側だけ置いてくなんて、ますます俺と一緒じゃねーか。

俺の中身だけ持ってって、外側だけ放置プレイかよ。

持ってくなら、全部持ってけよ。











ーーーー なんて、出来るワケねえよな。

牧野は多分、全部わかってた。

ババアがそんなこと許さねえのも、俺がまだまだガキだってのも。

わかってたから、外側( オレ )だけ残してったんだ。

そう思うと、一気に視界がクリアになった。

自分がやるべき事、やらなければならない事。

何で俺は、今までぐだぐだ糞下らねえ事に時間を使ってたんだ。

力が無いのなら、つければいい。

ガキだと思うなら、知恵をつければいい。

失くしたんなら、取り戻せばいいじゃねーかよ。



そんな単純な答えに辿り着くまで、ずいぶんと時間がかかっちまった。











「道明寺っ!!」

バンッと扉を開けて、慌てて邸に入って来た。

「タマさん、タマさんは?」

今にもタマが死ぬみてーな、青ざめた顔をして、落ち着きなく辺りを見回す牧野。

これじゃ、どっちが病人だかわかりゃしねえ。

「お前、ちょっと落ち着けよ。大した事ねーって言っただろ?」

「あ……、そっか、そうだよね。」

目を見てそう言ってやると、牧野はいくらか落ち着きを取り戻した。








「タマは今 部屋で休んでる。」

「うん。」

道明寺に案内されて、タマさんの和室の部屋に通された。

が、

「おや、早かったね。」

「なっ!? タマさんっ!?」

「おい、タマ。 休んでろっつったろ。」

タマさんの部屋に入ると、何事も無かったかのように掃除をしていた。

「先輩、そんなこと、あたしがやりますから。」

そう言って、少々強引にタマさんが持っていた雑巾を受け取る。

しかし、それをまた上から奪われた。

「タマ、自分の歳も考えろよ。牧野、お前もそんなことしなくていいから。」

「でも……」

「俺が頼んで来て貰ったんだ、邸のことはうちの使用人がやる。お前は居てくれるだけでいい。」

「……。」

「もう使用人じゃねえんだ、お前は。」

「……そ、だね。」



いつの間に、この男はこんなに大人になったんだろう?

怒鳴るばっかりだったこの男が、あたしに言い含めるように、冷静に言葉を発している。


ーーーーー ああ、そうか。


そう言えば、道明寺はもうこの邸の主人なんだった。



タマさんは渋々 お布団に横になると、疲れていたのか、すぐに寝息を立てはじめた。

あたしは穏やかなタマさんの寝顔を見てホッとしつつ、頭は余計な事でいっぱいだった。


『もう使用人じゃねえんだ、お前は。』


ーーーー あたしは馬鹿か。

道明寺が言ったことは当たり前のことなのに、事実なのに、道明寺はちっとも悪くないのに。

ましてや、あたしが選んだ事だ。

道明寺や皆を傷つけて、逃げたのはあたし。

なのに、あたしが知らない道明寺がいて寂しいと感じてる。

お前は部外者だ、と突き放された気がして、勝手に傷ついてる。

あたしは何がしたいんだろう。

自分勝手にも程がある。






「今日はサンキュ、助かったわ。」

「ううん。」

「この後、予定あんのか?」

「んーん。家に帰るだけ。」

「じゃ、家まで送る。」

「いいよ、まだ明るいし。」

「いいから送らせろ。」

「…………じゃあ、お願いします。」



本当は1人で帰るつもりだったけど、道明寺の何とも言えない圧力に押されて、家まで車で送ってもらうことになった。

昨日は遅かったし 運転手さんだけだったから、今日もそうだと思ってお願いしたんだけど、何故か道明寺まで車に乗り込んできた。

「は!? 何でアンタまで乗るのよっ!」

「送るっつったろ。」

「じゃ、じゃあ あたしやっぱ電車で帰る!」

何かがヤバイ気がした。

「あぁ? 何言ってんだ、このまま車で帰った方が早いだろーが。」

「だって……。」

「だって、何だよ?」

「…………。」

強い瞳に見つめられると、言葉を失ってしまう。

あたしが何と言って良いかわからなくて押し黙っていると、道明寺がフッと自嘲気味に笑った。

「そんなに俺がキライか。」

「…………。」


《 違う。》


そう、言えたら どんなに良いか。


「…………そうだよ。だから、電車で帰りたいの。」

道明寺に背を向けて、車を降りようとドアに手をかける。

「待てよ。」

だけど、後ろから物凄い力で引き寄せられた。

「こっち向いて言え。」

腰を両手で強く、優しく抱く道明寺の手が熱い。

「……はなし、て。」

声が震える。

「……もう、離さねえ。」

吐息が、耳にかかる。








「だめっ、どう……!」








「…………牧野。」













4年ぶりのキスは、とうに溢れ出していた涙の味がした。
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