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たいせつなもの 8

初めて牧野を抱いた昨夜。


牧野が欲しくて堪らなくて、ほっといたらまた何処かに行っちまいそうで、好きだと言う度に潤む瞳を言い訳にして、牧野を繋ぎ止めようと 卑怯とも言われかねない手段を使った。

だけど後悔はしていない。

結果、牧野も俺が好きだとわかったから。

多分、牧野もこの4年間俺と同じ想いを抱えていたんだろう。

繋がった時の辛そうな顔と、朝起きるとあったシミがそれを物語っていた。

朝起きたら牧野が腕の中に居て、生まれて初めての《幸せ》を噛み締めた。

まだ寝てる牧野を起こさないようにそっとくちづける。

すると、少し迷惑そうに寝返りを打った牧野の背中が露わになり、昨夜 自分がつけた独占欲の証がいたるところに散らされていた。

それを目にすると何故だか自身が照れてしまい、昨夜を思い出したのか、真っ赤に染まる顔を抑えた。


「…………やべえな。」


このままだと また襲いかかってしまいそうだ。

昨夜はあんなに痛がっていたのだから流石にそれはかわいそうだろうと思い、目に毒な彼女をベッド置いて司はシャワーに向かった。



******



「…………。」


なんだか身体が痛い。


寝返りを打ったつくしは、全身の筋肉痛を覚えてゆっくりと目を覚ましていた。

パサッ。

ベッドのシーツを捲り、つくしに優しく掛け直す。

クシャリとつくしの頭を撫でて、傍から静かに離れていく。

あの男にも眠っている人を気遣う事が出来たのかと、少し感心してしまった。

良い一日になりますようにと願ったのは、昨日の朝のことなのに。嵐のように過ぎ去った記憶は、願いとはほど遠い。

そういえば、道明寺はこういうことは慣れているんだろうか。

4年前、逃げ出しておいて 怒る権利も嫉妬する権利もないけど、そう考えるとチクリと胸が痛んだ。


「…………お風呂か。」


そう広くないアパートの一室だから、道明寺がいくら静かにシャワーを浴びようとも音は漏れ出てしまう。

「服、着ないと……。」

床に散らばされた服を広い集め、身に着ける。

道明寺の分もきちんと畳んで、お風呂場の前に置いておいた。



「……起きたのか?」

「う、うん……」

シャワーを浴び終わった道明寺が、置いておいた服を着て出て来たので、あたしも慌ててバスルームに向かう。

恥ずかしくてまともに顔も合わせられなかった。

昨夜を思い返すと顔から火が出そうで、一体、どんな顔をすればいいのかわからない。



「きょ、今日は仕事大丈夫なのっ?」

お風呂から出ると、道明寺はベッドを背もたれにして、何をするわけでもなくただそこに座っていた。

あたしもなんとなく隣に並んで座る。

沈黙に耐えかねたつくしが顔も見ないまま司に尋ねると、ワイシャツを着込んだ左腕から覗かせた腕時計をチラリと確認する。

「……ああ、もう少ししたら呼ばなきゃマズイな。」

「そ、そっか。」

「そんな事よりお前……大丈夫か?」

「何が?」

「何がって、その……身体辛くねえのか?」

「ななな、何言って……!」

「昨日、お前すっげー辛そうだったしよ。なんなら会社休め。俺が言っといてやる。」

「いっ、いい!いらない!!てゆーか絶対止めて!!」

「ほんとか? 無理すんなよ?」

真っ赤に染まる顔の意味を、わかっているのかいないのか。大真面目に心配する少しずれた男の相手も大変だ。

それから。あたしも会社に行く準備をして、お腹が減ったという道明寺の分も一緒に作った朝ごはんをふたりで食べた。

始めて食べる納豆に、臭いとか腐った豆じゃねーかっ、とか当たり前のことを言う道明寺に相変わらずだなぁと苦笑して、うるさいと言って黙らせる。

昨日は道明寺が遠く感じたりもしたけれど、あたしが知ってる道明寺が確かにそこに居て、嬉しくて。

だけど、そんなささやかな幸せの時間はあっという間に過ぎてしまう。

道明寺家の車が迎えに来た報せが入り、玄関で靴を履いた道明寺があたしに向き直った。

「あのよ。」

「何?」

「一緒に住まないか?」

「…………えっ?」

「昨日の今日で急なのは分かってる。」

「でもあたしは、アンタとどうこうはなれないって言ったよね?」

「そんなの、お前だって俺が好きだって言ってただろうが。」

「好きでも……、一緒になれるかどうかは別問題だよ。」

「全然別じゃねえよ。お互いが好き同士で、今は反対するやつも居ねえ。何も問題ねーだろ?」

「……とにかく、嫌なものはイヤなの。」

「あのなあっ!」


ピンポーン


なかなか降りて来ない道明寺に焦ったのか、運転手さんが、インターホンを鳴らした。

道明寺はそれに忌々しげに舌打ちして、

「……また、連絡する。」

「!」

あたしの前髪を掻き上げて、軽いキスをひとつ落とすと、振り返ることなく部屋を後にした。













道明寺が去った玄関先。

締まったままの扉を呆然と眺めながら、あたしの脳裏には4年前の記憶が鮮明に蘇る。




『勝負をしましょう。』

『勝負……?』

『私と貴方、どちらが司を幸せに出来るか。』


ーーーー 道明寺の幸せ?


あたしや魔女が勝手に決めるものではないけれど、道明寺の幸せはきっと…


『少なくとも道明寺は、お金では幸せになれないと思います。』

目の前にある、プレッシャーの塊。

少し震えたけれど、ちゃんと言えたと思う。

だけど魔女は表情を変える事もなく、

『……今の司には貴方が必要でも、貴方は司を幸せには出来ないのよ。』

悟り切った口調と、覚めた瞳が心に突き刺さる。

『そんなの……やってみなきゃわからないんじゃないですか!?』

決めつけられたのが悔しくて、声を荒げたけれど、魔女の表情は変わることはなく、視線は後ろに向けられる。

『口で言って、わかる方とは思っていませんでしたが……西田。』

『はっ!』


それから、西田さんに見せられた紙の束。

そこには几帳面に並んだ文字が、ずらずらと最後のページまで黒く埋め尽くされていた。

『なんなんですか? これは。』

『……見ての通り、署名よ。』

『署名?』

聞いたこともない人の名前が、あたしになんの関係があるのか。

『どこの馬の骨ともわからない女に熱を上げている者に、未来の道明寺を担える力はあるのか、という疑問の声よ。』

『……!?』

『つまり』

『司を次期後継者とは認めない、というね。』

『!!』

『もちろん、全部が貴方の責任ではないわ。あの子の今までの素行の悪さが大半の理由でしょう。』

『じゃ、じゃあ!』

この際、あたしのことなんてどうでもいい。

でも道明寺は、最近は全然暴れていないし、そういった噂も聞かない。

バカだし、俺様だけど。最初に出会った時より確実に優しくなってるのに。

『今はどうでも、株式総会での決定はそう簡単には覆らない……』

『そん、な……。』

目の前が真っ暗になった。

この時ほど、自分の無力さを感じた事はない。

『でも、一つだけ方法があるわ。』

『何ですか!? その方法って?』

『それは……』







その方法を魔女から聞いたとき、驚いたけど、意外なほど心は落ち着いていた。

怖くないわけではないけど、それならあたしにだって出来る。




心を、決めた。





『…………わかりました。』


『今後いっさい、道明寺家との関わりは持ちません。』
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