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たいせつなもの 9

『貴方が司の目の前から居なくなれば、後はどうとでもなる。』

『……そんな事でいいんですか?』

『ええ。貴方が言った様に、司は少し変わったわ。貴方が居なくなった後、後継者としての真面目な姿勢を見せれば上層部も納得するはず。』

『もちろん、貴方にもそれ相応の報酬を用意します。』

『…………。』


やっぱりあたしは、この人のこういう所がキライだ。

この、なんでもわかっているような瞳が気に食わない。


『そんなもの、要りません。』

『何故?』

『そんななんの感情もないお金に、あたしは興味が湧きませんから。』

『大層なプライドをお持ちね?』

『はい、なんたってあの母の娘ですから。』

『…………ふっ、そうだったわね。』


前に、この魔女に頭から塩をぶちまけたママ。

魔女もそれを思い出したのか、苦笑する。





お金なんてどうでも良かった。


だって、お金があっても全然幸せじゃない人も居るって あたしは知ってる。


昔 冷たい瞳をしていた道明寺。


見るモノ全てを敵とみなし、触れるもの全て破壊して、いくらお金があっても 幸せの欠片も買えないんじゃ意味がないと思った事を覚えている。


……ううん、道明寺だけじゃない。


西門さんも、花沢類も。


美作さんだけは不思議とそんな感じはしなかったけど、英徳の生徒はみんな、いつもどこか少し寂しそうだったから。





「あ、仕事行かなきゃ……。」

道明寺が出て行って、随分と長い間ボーッとしてしまっていたらしい。

いつもより少し遅い時間に家を出て、早足で電車へと向う。

考えないようにしなくちゃと思うのに、走っている間、ずっと同じ事が頭の中を駆け巡ってしまう。


『一緒に住まないか?』


道明寺はああ言っていたけど、そんなこと出来るわけないよ。






『でもそれじゃあ、道明寺は不幸にはならなくても幸せにもなれないんじゃないですか。』

魔女と対面したあの時にはきっと、道明寺に対する気持ちは はっきり自覚していた。


幸せにしたい、と。



『ご心配なさらなくても大丈夫よ。』

『何を、根拠に?』

あたしから目を逸らした魔女が、窓からの景色を眺める。


『司は、1人じゃありませんから。』


昨日はあんな事になってしまったけど、あたしは道明寺の傍にいるわけにはいかないんだ。

大丈夫だよ、たった1回の事だもん。

きっと、忘れられる。

道明寺には、

あの人が居るんだから。



******



「ホテルにしときゃよかったぜ……」


夜遅く邸に帰ると、いつもは薄暗く 静まりかえっているはずの邸に明かりが灯っているのを見て、司はひとりごちた。

昨日の夜……いや、今朝まであんなに幸せだったのに、今夜は憂鬱な気分になりそうだ。

だが、今からホテルへと移動している暇はない。あと数時間後にはまた社に戻らなければならず、そんなことをしていれば眠る時間も無くなってしまう。


「おかえりなさいっ!」

「…………。」


仕方なく足を踏み入れた邸での第一声。

まだ若く、世間一般では相当な美人の部類で、スタイルもすこぶるいい女が明るく笑って司を出迎えた。しかし、他の男なら泣いて喜ぶようなこの環境も 司には何の意味も持たない。

この女が笑おうが、泣こうが、叫ぼうが、何をされても 全く心が動かないのだから。





ーーーー これがもし、牧野なら。



俺が夜遅く帰って来て、笑って出迎えてくれたのが牧野だったら。


『……おい牧野、起きろって』

『ん……?なに?』

寝つきのいいあいつだったら、夜遅く帰って来た俺を待ち切れずに寝ちまうんだろーな。

『なにって、せっかく俺が帰って来たのに寝てんじゃねーよ。』

『じゃ、あんたも早くねたら……』

『こら、1人で寝んなっつーの。』

昨日の夜みたいに、隣に居るあいつを朝まで抱きしめて、温もりを感じながらただ眠る。

こんな日々が送れたら、俺はどんだけ幸せになれるんだろう。






「……司?」

自分の世界に行ってしまっていた司は、想像と違う女の声で現実に引き戻された。

「…………。」

こいつ、まだ居たのか。

「やっ、やだ、そんな怖い顔しないで?」

「…………何の用だよ。」

「あのね、今度パパの会社でパーティがあるの。だから司も一緒に……」

「俺は行かねえ。」

「つかっ、」


ーーーー バタン!


彼女の会話を遮って、部屋のドアに鍵を掛けた。

週に一度は、邸に必ず現れる彼女。

それも決まって、自分が帰って来るのを見計らったように真夜中に現れる。

一体自分に何を期待しているのか知らないが、どれだけ思いを寄せられようとも応えられるはずがないのに。

それこそ彼女が一番知っているはず。

これが全く知らない女なら、きっと力づくででも邸から追い出させた。だが、昔から知っている人間を追い出す事は 司でも難しく。

いや、つくしと出会う前なら出来たかもしれない。だが、つくしと出会って司は変わったのだ。

そんな今の司に唯一出来る事と言えば、必要以上に会話を交さない事と、期待を持たせない事だけ。

期待をして、その希望が打ち砕かれた時の痛みは誰よりわかっているから。

とうの昔に終わったと思っていた問題が、まさかこの年まで引きずることになるとは思っていなかった。

決して好きではなかったが、嫌いでもなかったから余計に事をややこしくしている。

やるせない気持ちを身体ごとベッドに沈め、瞼を閉じると、いつもと同じ女が決まって現れる。







「…………………牧野に会いてー。」








思えば、彼女がこの邸に来だしたのは半年前のこと。

ちょうどNYでの仕事がひと段落し、日本に戻って来たのと同時に、彼女は煩わしい大人達を引き連れて自分の前に現れたのだ。


『社長、ご無沙汰しています。』

『ああ、元気そうでなによりだ。』

『それで、早速ですが、お話したい事とはなんでしょうか?』

『いやなに、大した事ではないんだがね……』

『はぁ……?』

帰国したばかりで この忙しい自分を呼びつけた挙句に、大した事ではないと宣うオヤジにイラっとしたが、もちろん顔には出さずに対応してみせる。

『司君、君に紹介したい人が居る。』

『え?』

その直後、コンコン という音がした。

『噂をすればだ…… 入りなさい。』

男がドア越しに返事をし、静かに扉が開かれると、そこには見覚えのある人物が立っていた。

『まぁ、今更紹介するまでもないと思うがね。』

『!?』

男は至って穏やかに話し続けているが、司は目を見張り、身体が凍りついたように動く事が出来ない。

司は今日、この場に居ることを激しく呪った。

何故なら、それを意味することは…





『社長。これはどういう事ですか?』

何も知らされていなかった事に怒りが湧き、少々語気を強めて問いただす。が、

『まぁ、なんだね。お互い過去のことは忘れて、もう一度絆を深めようじゃないか。』

相手は、明らかに何も気づいていない様子。

『いや、自分は……』

『ほら、お前も挨拶くらいしないか。』

『あ、はいっ。』

社長に促され、前に出て来た女と目が合う。









『……司、おかえりなさい。』






『……………………シゲル。』



渇いた喉から、掠れた声が出た。












「まきの…………。」








頼むから戻って来てくれ……。





コン、コン。


「…………。」


コン、コン。


「…………誰だ?」

「あの、私。ちょっと話しがあるから、入ってもいい?」

「…………パーティなら出ねえぞ。」

「あ、うん。それはわかった。そうじゃなくて、大切な話だから…」

「明日にしてくれ。疲れてんだ。」

「…………ん、わかった。ごめんね、疲れてるのに。」


しばらくして、ドア越しの彼女は去っていった。

彼女がここに来だしてから、ずっと同じような理由で、彼女を避けつづけている。

だけど 今夜だけはどうしても、誰にも邪魔されずに眠りたい。

まだ、この手に残る温もりを抱きしめながら……
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