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悪い男 9



「今日、メープル19時な」

昨日、早めに寝たのが良かったのか、翌日すっきりした頭で会社に向えば、会うなりこんな事を言われた。

「…………な、」

「いいから、来いよ」

何でですか? そう言いたかったのに、遮られてしまった。


ーーーー この人、本気で言ってる?


「メシ奢ってやるから」

「めし……?」

なんでいきなりそんな話になるんだろう。

疑問に思いつつ、仕事を終えた後にメープルに直行する。

メープルのレストランに着くと、早く会社を出たはずのあたしより先に副社長が席に着いていた。

「とりあえず食えよ」

「は、はぁ……」

よく見ると、さっきまで着ていたはずのスーツまで着替えていて……。

副社長は一体どうしたんだろうか。

まあ、ここまで来て食べないなんて変だし、毒が入ってるはずもないだろう。

むしろ一食分浮いたと喜んでしまったのは長年の貧乏性の性か。

「……おいしっ!」

「だろ?」

「ゔ、あ……はい」

余りの美味しさに夢中で食べ進めると、得意気な副社長の目と出会い、あっという間に、さっきまでの気不味い雰囲気も嘘みたいに軽くなった。

あり得ないことに副社長にたまにワインに注ぎ足されて、あたしもお酌したりして、やっとデザートに差し掛かった所で副社長が目を合わせてきた。


「今日はお前に話しがあったんだ」



*********


良かった。

久々に笑った顔を見た気がした。

楽しかった食事も終わり、意を決してそう言ったものの その先が続かない。

「……副社長?」

どう言えばいいのか躊躇っていると、焦れたのか、牧野が怪しげに俺の瞳を覗き込んでくる。

「あのな、その……」

ちくしょう。

そんな真っ直ぐな目で俺を見るな。

そんな場合じゃないとわかっていても、余計に胸がざわついて言葉が出て来ない。

「謝りませんよ」

「あ?」

「あたし、悪いことしたと思ってませんし、どーせクビになるなら言いたいこと言っといた方が良いと思いまして」

「…………は? クビ?」

こいつはいきなり何を言い出すんだ。

「しらばっくれなくてもいいです!」

「ちょっと待て! 何言ってんだ? 何でお前がクビになる必要があんだよ」

ヒートアップそうな牧野を抑えてなんとか話しを聞こうとする。

「誰かになんか言われたのか? お前せっかく3年経って形になって来たのに……。 あっ、また秘書課の女共か? お前に変な嫌がらせしてんじゃねえだろうな!?」

入社1年目から俺の秘書として抜擢された牧野は、最初の頃くだらねえ嫌がらせを受けていたことがある。

それこそ主犯は首……にしたかったが、西田に諭され、あってもなくても変わらないような極寒の地に飛ばさせた。

またそんな事が起こってるなら、俺の事よりそっちが先決だ。

「ええっ!? ち、違います違いますっ! 今の秘書課の先輩はいい人達ばっかりですし!」

「…………」

こいつは偶に下手な嘘をつく事がある。

制服が汚れていたら、自分でひっかけただの、膝を擦りむいていたら階段から転げ落ちただの。

前回の件も、俺が直接現場を押さえなかったら絶対に認めなかっただろう。

その後もしつこく問い詰めて、どうやら今のところはそんなことは起きていないと判断した。

「ん? じゃあなんで今日はあたしはここに?」

なにやら誤解があったらしく、改めて問われる。

「……だからっ、お前に話があって」

「…………?」


きょとんとした顔が逆に忌々しい。

あんな事があって、話したいから時間をくれって言われたらふつー気づかねえか!?

鈍感過ぎる牧野にもやもやして、気付いたら半ばヤケクソ気味に叫んでいた。





「悪かった!」

「へっ?」

まだわかっていなさそうな牧野に、この間酷え事を言った事、あんな事は決して本心ではない事を伝えた。

「あぁ、そっち……」

そして何故か呆けている牧野。

それでも、何故あんな事を言ったのかと聞かれれば、自分でも整理しきれていない感情をそのまま伝えるしかなかった。

「いや、自分でもよくわかんねーうちに口が勝手に……」

「はい??」

牧野の反応は尤もだ。わけわかんねえうちにわかんねえ事を言われてたのなら、理解不能にもなるだろう。俺自身さえわからないのだから。

その時、牧野の携帯が鳴った。

「……すみません。出てもいいですか?」

「あ、ああ」

席を立ち、部屋の端っこまで移動する牧野の背中をぼんやりと見送る。

しかし、今日は貸切にしたので会話は俺の元まで聞こえて来ていて、席を離れた意味はあるのかと苦笑せざるを得なかった。

「……あ、宮山先輩ですか?」

「!?」

「びっくりした。どうしたんですか?」

「…………」


ーーーー また、あの男か。


「……え、今週の金曜日ですか?」

「えーと、たしか……あ、大丈夫です」

「はい。あたしもこないだのお土産渡したかったので」


ーーーー いつもいつも、あの男が


ほの暗い感情に飲まれそうになって、静かに席を立つ。

牧野の隣に立つと、ようやく牧野が気づいて申し訳なさそうな顔をする。

違う。

いや、違うわけではないかもしれねぇけど、そうじゃない。

慌てて電話を切った牧野に、味わったことのない不安に襲われた。

「すみません、話しの途中だったのに……」

「行くな」

「え?」

「お前さ」

「…………」

「俺のものになれよ」
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