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悪い男 16


「はなし……?」

西田さんに頼まれてお見舞いに来てみれば、当の本人に体調は悪くないと言われた。

慌ててベッドに押し込んだけど、熱もなく、至って健康そうだし、普段と変わりなさそうに見えてホッとしたのもつかの間。


『お前に話あったから』


そう言われた瞬間、さっきまでのドキドキとは別の意味で、心臓がまた忙しくなった。








なんだかんだで、必要のなくなったベッドルームからリビングへと場所を移す。

「ほれ」

「…………」

そして意外や意外、まさかの ” 副社長が淹れてくれたお茶 ” を穴があくくらい見つめてしまい、そんなあたしを見た副社長は苦笑して

「それ、注いだだけ」

と、複雑そうな顔をした。





「…………まだ、痛えか」

隣に腰掛ける副社長の大きな手が、左頬にそっとあたる。

「いえ、もう大丈夫です」

口の中の傷はもう殆ど治っていたので問題はない。

それよりも、優しくあてられた暖かくて大きな手とか、心配そうに眉を寄せる副社長の表情の方があたしにダメージを与えている。

「本当悪い。 つい、カッとなっちまった…… 」

「そんなに気にしなくても、」

ついつい庇いたくなるような声を出し、見た事のない副社長がまた現れて、怒るよりも嬉しい気持ちが湧き上がってしまう。

「…………なんでなんだろうな」

「え?」

ぽつりと、溢れた声。

「いや……さっきまで、すげえつまんなかったのに、お前の顔見たらそういうの全部吹っ飛んだ」

「…………」

返答に困る台詞をサラッと言って、しかもめちゃくちゃ甘い顔で副社長が微笑むから、こっちの方が真っ赤になってしまう。

それを見た副社長に笑われて、あたしの頭を撫でてきたと思えば、不意に真剣な表情に変わった。

「俺、やっぱお前が好きだ」

「!!」

「いつからかもわかんねえくらい、めちゃくちゃ惚れちまってた」

「え……あの、あの?」


え、なに?

幻聴?

何がおこったの?

もしかして、これドッキリ?


「だから牧野」

「は、はい?」

「結婚しよ」

「…………え、なんっ、なんで?」

あまりの事に、動揺して噛んでしまった。

なのに副社長はあたしをおいてけぼりにして、

「お前が好きだから」

「え? あの、ちょっと意味がわからな」

だとしても、なんでいきなり結婚? お付き合いもしてないのに?

「意味なんてねぇよ。お前が好き、ただそれだけだ」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………おい? 聞こえてるか?」

「副社長」

「あ?」

「あたし、ついに耳がおかしくなったみたいです」

「あぁ?」

「きょ、今日のところはこれにて失礼します! ま、また来週お会いしましょうッ」

ガタンッ!!

「…………っ、おい!」



もう、だめだ。

頭のなかはパニックで、自分でも何を言ったか覚えてない。

意味のわからないまま意味のわからない事を言った気もするけど、この時のあたしはいっぱいいっぱいで、気にする余裕もなかった。

とりあえず…………そうよ、落ち着いて。会社なり家に帰って落ち着くのだ。

まずはさっき来た道を引き返して、玄関を目指そう。

そう思ったあたしは反転勢いよく立ち上がり身体を反転させるが、しかし直ぐに大きな手に腕を掴まれてしまう。

「待てよ」

「っひ!」

やだ、何これ?

「そんなに怯えんな。とって食わねえよ…………今はな」

「ッ!」

意思を濃く映した瞳に、ハッと息を飲む。

ガラスの様に冷たい印象を残していた筈の瞳が、まるで正反対の業火を灯しているみたいだ。


この人、誰なの?

あたしが知らない、副社長がいる。


ーーーー ガタッ


「っと、危ねえ」

「あ…………ご、ごめんなさい」

あまりの変化に膝から力が抜けてしまった。

それを寸前で抱きとめてくれた副社長。

ぎゅっと抱きしめられた形になって、あたしの肩に顔を埋めた副社長の声がする。

「なぁ、俺と結婚すんの嫌? 俺が嫌いか?」

「え……? あの、わからな」

もうワケがわからない。

あたしは、副社長の事がずっと好きだった。

好きだったけど、副社長の周りにはいつも綺麗で、家柄だって釣り合う人が沢山いた。

女の人に贈るプレゼントを注文して、ホテルの予約を取る日々。

そんな恋が辛くなかった訳がない。

辛かったし苦しかったけど、でもそれ以上に傍にいられる喜びの方が大きかったし、本気で副社長の心を射止めている人がいるとも思えなかったから、辞めたいと思ったことはなかった。

でも、それも何やら訳ありで、副社長が言うには誰とも身体のお付き合いはないらしくて……

あたしが知らない副社長がいっぱいいた事を知って、あたしは結局、副社長の事何も知らなかったんだとわかってから。

あたしは誰に恋をしていたのか、わからなくなってしまったんだ。










「泣くなよ」

「え、あ?」

「お前に泣かれると、どうしていいかわからなくなる」

いつの間にか溢れていたものを、大きな手で何度も拭われていた。

「…………悪い。いきなり言われたって、そりゃ戸惑うよな」

自嘲を含んだ笑みが、あたしを見つめている。


「でも、俺は諦めねえから」

「…………」


ーーーー あ、まただ。


「お前も、覚悟しといて」


それは、はじめて見る副社長の不敵に笑う ” 本気の顔 ” だった。
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