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悪い男 19


「今日の夜はあたしといて下さい」


ーー今こいつ、なんつった?


 俺の願望がついに具現化されてしまったのか、もしくは白昼夢でも見ているのか。
 願ってもいない誘いにゴクリと喉が鳴った。

「…………おう」

 数秒が永遠にも思える静けさの中、ようやく声に出来たのはそんな間抜けな言葉。
 もう願望の具現化でも、白昼夢でもなんでも良いじゃねえか。
 起きたら目が覚めている夢でも、目の前で顔を真っ赤にして牧野に応えない訳にはいかない。そんな勿体ないこと出来るかってんだ。

ガタッ

「!」

 近づこうとして椅子から立ち上がると、牧野の肩がビクッと跳ね上がる。
 そんなに顔真っ赤にして、緊張で身体震わせてまで牧野から近づいて来てくれたのかよ。
 すっげえ嬉しい。叫びたいくらいめちゃくちゃ嬉しかった。

「…………牧野」

「っひゃ」

 牧野の前まで足を進め、目の前にある熱をもった唇を指で撫でると、堪らなくかわいい声を出した。
 俺に、道明寺を背負った俺じゃなくて、俺自身をただの男として見てくれる牧野に愛しさが込み上げる。

「ふ、副社長?」

「…………黙って」



ーー柔らかい。

 最近は、牧野とキスしない日は落ちつかないほど、俺はこいつの虜になってしまった。
 女に嵌る男ほどバカな奴はいないと思っていたこの俺が、だ。
 牧野は小さくて、細くて柔らかくてかわいい。
 今思えば、牧野にコナかけてたあの男は見る目があった。 自分の気持ちに気づかないまま奪われなくて本当に良かったと思う。

ちゅっ、ちう……

 牧野の唇は溶けてなくなりそうな程柔らかい。表面だけをちろちろとゆっくり舐めて味わって、なんども吸いついて。
 口の中も味わいたいけど、また怒るだろうか。
 無理強いは自身のポリシーに反するから控えてはいるが、キスをしている最中の牧野のいやらしい声と顔は俺の理性を何度も飛び越えてきた。

「……んぁっ!」
 
ーーほら、また。

 気づいたら、弛んだ唇の間にぬるりと舌を滑り込ませてしまった。
 でも、お前が俺を誘うから悪ぃんだぞ?
 そんなかわいくて、いやらしい顔をするから。

「っふぁ、……んんっ」

 甘くて美味い口内に舌を這わせ、くちゅくちゅとワザと音を立てる。
 舌と舌を絡ませると牧野の体温がグンとあがってきて、舌ごと唾液を啜りあげる。
 最後に、反応してきた下半身を誤魔化して、名残おしくちゅぱっ、と吸い付けば、抱いていた腰に体重が掛かった。

「……今夜は、家に返さなくていいか?」

 ぎゅっと抱き込んで、首筋に顔を埋めたまま舌を滑らせれば、ほんの少ししょっぱくて美味い牧野の味がした。
 今すぐこの場で食ってしまいたいけど、なんとか痩せ我慢して耳や首筋へのキスで我慢する。

「ひぁ、ぁ、あっ?」

 キスを落とすたび、ピクピク高い声をあげて反応するのがかわいい。
 ……めちゃくちゃかわいいが、これ以上俺の理性を試そうとするんじゃねえ。

 腹立ち紛れにワイシャツをずらして、ぢゅっ!と肩にキツく吸付けば、思いがけずキスマークができあがった。

「ふく、ふくしゃ……っ!?」

「続きは後で、な?」

 自分が付けた跡と目を白黒させる牧野に思わぬ満足感を得て、にっこり笑えば、牧野はまた真っ赤になって固まった。



******



 地雷を踏み抜いてしまったかもしれない。

 いつも余裕綽々な態度が悔しくて、当たって砕けても驚いた顔を見れたら溜飲は下がるかなと思っただけだったのに。

「それをっ、それをあんな……っ!」

 何もあんな方法で返り討ちにしなくてもいいのに!!

 バカなことをやった、いや、言ったと今更ながらに思う。
 副社長があたしに本気であろうがなかろうが、所構わずキスされて……いや、ちょっとそれ以上に身体まで触られてたのに。
 副社長が今更あたしに遠慮なんかするわけないし、あれじゃ早く食べて下さいと言ったようなものだ。あたしはバカなのか。
 これじゃ、飛んで火に入る夏の虫。
 自分のバカさ加減に頭をガンガン打ちつけてしまいたくなる。

「それに……」

 噛み付かれたのかと思うくらい痛くて、血が出てないか心配して後でトイレで確認したら、肩にあったとんでもないものと遭遇してしまった。

ーーこっ、ここ、これってキスマーク?

 いくら経験不足なあたしでもそれくらいは知ってる。
 副社長が言ってた事は何を暗示しているのかも。

『……今夜は、家に返さなくていいか?』

 ああほらやっぱり!
 何度も聞き間違いであればいいと願って思い返してみたけど、どう考えてもそれ以外には聞こえないし、あの無駄に色気ムンムンな反則に近い声を思い出すたび何度も自爆した。 なんと、副社長はテロリストだったのか。






「牧野、帰るぞ」

「………は、はひ」


ーーそして、どう嘆いても時間は止まらない。


 諸行無常の響きあり。
 チーン。と、牧野つくしの貞操終了のお知らせの鐘がどこかで鳴った気がする。とほほ。

「そんな不安そうな顔すんなっ」

「うぎゅっ!?」

「別に俺は、お前を無理矢理犯そうってんじゃねーよ」

 潰された頬に必死で抵抗を試みるもその大きな手は離れてくれず、それどころか、憎たらしいくらいに整った副社長の顔がどんどん近づいてくるではないか。

「多分、お前が思ってるより俺はお前に惚れてる。だから心配すんな」

「…………」

 多分かよ。

 そう茶化したいくらい緊張してるのに、副社長の瞳があまりにも真剣だった。

 でもそれは本当に?
 あたしは、副社長を信じてもいいんですか?

「なんだよ、俺が信じらんねーのか?」

 戸惑って何も答えられないうちに、あたしの頬を両手で挟んだままの副社長の顔が険しくなっている。

「…………だって」

 副社長には、あたしじゃなくたっていっぱい女の人がいるじゃないですか。

 喉まで出かかって、でもあたしは副社長は本当は女の人が嫌いだってことも知ってる。
 あんなに女の人を侍らせておいて、自称童貞……らしいのは何故なのかわからないけど。
 至近距離で見つめられるのが耐えられなくて、そっと目を逸らした。

「だってもクソもあるかよ」

「っ!」

「俺はお前が好きだし、お前も俺が好きなんじゃねえの?」

「…………」

「それとも何か? 俺の勘違いだったか?」

「……そんっ、な、事は」

 ないよ。あるはずがない。
 でも、自分が選ばれる理由がわからない。
 副社長に本当に愛して貰える自信も全くない。
 これはもう、副社長じゃなくて、あたし自身の問題なんだ。

「副社長は、あたしがなんで眼鏡からコンタクトにしたり、パンツスーツからスカートに変えたのか知ってますか?」

「…………」

 勇気を出して、震える声で副社長を見上げる。

 「副社長を、ずっと見てたから。 でも、あたしと釣り合うわけがないって思ってて、副社長もあたしのこと女として見てくれてないのも、わかってたから」

 ーーダメだ、違う。
 副社長を責めたいわけじゃないのに、責めるみたいな言い方になってしまう。

「…………あたしは、副社長の視界に入りたかったんです」

 この恋が叶わなくてもいい。
 当たって砕けても、しょうがない。
 諦めばかりが先に頭を過って、この人に愛して貰える自信なんて、いつもなかったから。

「ただ、一度でいいから見て欲しかった……」

 見えない壁の向こうで、副社長はいつも何を見ているのか。
 この人は何を考えてるんだろう。
 どうしていつも、そんな寂しそうな瞳をしているの?

 考えても考えても全然わからなくて、気がついたらいつも目で追いかけてしまっていたの。



「…………あなたが、好きです」



 意図せず落ちた涙は、副社長の手を濡らした。
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