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悪い男 23


「なあ、もうそっちの部屋行っていい?」

「なんでだよ。早くしねーと風呂場にまで乗り込むからな」

「はは、嘘だよばか。っつーか、足の調子はどうだ? 無理そうなら今日は休めよ」


 ーー予想通り、昨日は碌に眠れなかった。

 だが、抱き心地が良く腕にすっぽりと収まる彼女を抱いていて寝たからか、心はとても凪いている。
 最近はあまり使っていなかったが、昨夜彼女と過ごした部屋から一番近かった自身の部屋の一つに着替えを取りに戻り、彼女は彼女でシャワーを浴びる為、着替えが終わるまでは戻ってくるなと言われてしまった。
 昨夜は同じ部屋で順番にシャワーを浴びていたのに、今は何故放り出されたのかというと……まぁ、あわよくば一緒に風呂に入ろうとした彼を、彼女が警戒した結果である。


カチャッ


「…………誰かいるのか?」


 誰もいない筈の自身の部屋の奥から、物音がした。
 既に着替えを終えている司は、手にしているスマートフォンで繋がっている相手に「用意が終わったら電話して」と電話を切った。
 セキュリティーが万全のこの邸では可能性はかなり低いが、強盗の類かもしれない。
 
「…………」

「あの、おはよう」

 一体誰に断って、この部屋にいるのか。
 自身の部屋の奥ーー。恐らく寝室から出てきた女を見て、理解が追いつかない司の思考は一瞬停止した。

「なんでここにいる?」

 普段から、他人に思い切りプライベートな空間に入られる事を嫌がる司が部屋への入室を許可した人間は極少数だった。
 数名の友人と、秘書の西田、限られた使用人。それと、最近新たに許可が出た愛しい彼女くらいのものだ。(ちなみに、姉だけは許可も糞もなく勝手に乗り込んでくる。)
 昨夜は気が急っていたので、つくしがいる部屋に適当に入ったためこの部屋は無人であったが、だからといってこの女がこの部屋にいても良いわけではない。

「司、久しぶりね? 私ずっと貴方に会いたかったの。なのに……こんな格好で恥ずかしい」

「…………」

 言われるまで気にも留めていなかったが、彼女が身に付けていたのはかなり透け感のあるネグリジェだった。
 彼女はそれを恥ずかしそうに頬を赤らめてくねくねと身を隠すようなポーズをとっているが、司からすれば「アホか」の一言だった。

 人の部屋に勝手に不法進入した挙句、寝室にまで入り。痴女のような格好を自分でしておきながら、「恥ずかしい恥ずかしい」と言う。

「恥ずかしいなら、バスローブを着ろよ」

 意味不明な女を見ていたくもなくて、目を逸らしてそう吐き捨てる。そしてとっとと出て行け。そして苛立ちのまま舌打ちをした。……のだが。

「やだ、司ったら照れているの?」

「!?」

 何故か女は嬉しそうに、自らに近付いてくるではないか。
 イラつきを通り越して呆然としてしまった司。
 気付けば、一瞬の間が空いた後、あっと言う間に目の前に立つ彼女がいて、遠ざけるのに失敗してしまっていた。

「退けよ」

「嫌よ。せっかく会えたんだもの」

 腕に絡めてくる白く細い手にゾッとする。
 スーツのジャケット越しでも鳥肌が立つほどの拒否反応が出てきて、司は心底触れられたくないと思った。

「俺に触るな! いい加減にしろッ!」

「なんで? なんでそんなに酷い事を言うの」

 振り払っても何度も向かってくる手が異物のように見える。
 麻紀の手は仕事で何度も手を取った事がある筈なのに、今日は異常な程気持ちが悪い。
 早々にこの女とは距離を取るべきだと悟った司は、部屋を出ようとした。

 その時。

 〜〜〜〜♫ 〜〜〜〜♩

 司のスラックスから漏れ出る着信音。
 その音で、修羅場に近かった2人の間に沈黙が流れた。

「…………」

「どこ行くの」

 画面の確認はしていないが、恐らくつくしの用意が終わったのだろう。
 部屋はすぐそこなので、この場で出るよりも向かった方が早い。
 
「司ってばっ!」

 ヒステリックな声も耳障りで聞きたくない。
 荒れた心を早くつくしに癒して貰わなければ。その一心で、出入り口の扉を開けた。




「…………副社長?」

「っ、牧野!?」

 部屋の扉を開けすぐ、そこにいたのはつくしで、急に開いた扉に驚いたのか肩が強張っている。

「あの、怒鳴り声がしたからどうしたのかと思って……」

「ああ、なんでもない」

 昨夜は斜め前の部屋で寝ていたから、先ほどの声が聴こえて心配してくれたのだろう。
 申し訳なさそうに言うつくしに、司はそれだけで少し癒された。

「テラスで飯食おーぜ。前に行きたいっつってたろ?」

「え? あ、はい」

 つくしの肩を抱き、2人でテラスへ向かいながら、司は先ほどの事を考えていた。

 何故だかよくわからないが、母の秘書である麻紀が自分の部屋にいた。
 どこでどう拗れたのかは知らないが、頻繁ではないが麻紀は邸に泊まる事もあるし、つくしと引き合わせない方が無難だろう。
 金に困らない生活をしている司にとっては、自宅以外にも、ホテルでも税金対策に年々増え続けているマンションでもいくらでも、2人きりになる場所はあるのだ。

「副社長、食べないんですか?」

「あ?」

 考え事をしてぼうっとしてしまっていたようだ。
 つくしに指摘され「朝はコーヒーで充分」と答えると、「身体に良くないですよ! お昼もあたしより食べないしっ」と怒られてしまう。

「逆にお前は、朝からよくそんな食えるな」

「副社長が食べなさ過ぎるだけで、あたしはいたって普通です」

 結局、あれもこれも美味しいから食べてみろと言うつくしに無理矢理口に突き込まれ、極少量のサラダやオムレツ、ヨーグルトなどを一人分のカトラリーで2人で食べることになった。



****



「…………」

「ん、なに?」

「えっ?」

「え、じゃねーよ。さっきからお前、人の顔ジロジロ見過ぎ」

 道明寺ビルにて通常業務に戻り、決済印を待っている間、無意識に凝視してしまったようた。

「まあ、気持ちは分かるが今は仕事中だからな。じっくり見るのは夜まで我慢しろ」

「なっ、バカな事を言わないで下さい!」

 ニヤニヤと実に腹の立つ笑みを浮かべている副社長。
 しかも、あろう事か自身が蹴り上げてしまったお腹のあたりをさすり出し、2人にしかわからない昨夜の事を否が応にも思い出させようとしている。
 こ憎たらしい副社長はもちろん、馬鹿正直に熱が集まる自身の顔を殴りたい。

「怒んなって」

 かなりの上機嫌になった副社長に応接用のソファーの前まで手を引かれ連れて行かれると、肩をグッと押されてソファーに沈み込んだ。
 片膝だけソファーに乗り上げた副社長が、あたしの顎に手をかけてーー

「ちょ、今はだめ……!」

「西田ならあと30分は戻らねーよ」

 ……そういう問題じゃない。
 副社長の悪い所は、こういう何度言っても直らない、どころか所構わずくっつきたがる所だ。
 しかも、それで業務が滞ったり誰かにバレてしまうような危機もなく、副社長は要領良くこなしてしまう。いや、惚れた弱みで強く言えないあたしも悪いんだけどさ。

「俺といる時に他の事考えんな」

「…………ん」

 ムッとした声のすぐ後に、覆い被さるようにして唇がおりてきた。
 お仕置きをするみたいに何度か吸われて、唇の間を舌がなぞり「もっと」と訴えてくる。
 でもそれはダメだとあたしの理性が許さないので、副社長もそのうち諦めて軽いキスにもどった。

「今日は、俺のマンションに来い」

 最後に、ちゅ、とリップ音を響かせて副社長が言う。

「…………お邸じゃないんですか?」

「テラスがそんな気に入ったか?」

「いえ。その」

「悪い、暫く邸は使えねーんだ。また今度な」

「…………」

 ぎゅ、と抱きしめられて、副社長の手でポンポンと優しく宥められる。
 副社長は意地悪だけど凄く優しくて、大事にしてくれているのもわかるのに、あたしはわだかまりのようなしこりが今朝からずっと残っていた。

 今朝、副社長の部屋から少し見えたあの女性の事を、どう聞けばいいのかわからずにいる。
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